ここから本文です。

青年海外協力隊~協力隊員の声~(平成22年内海さん 42~44)

平成22年度2次隊 ケニア 養護 内海智博さん

42. 「県大会マランダ編」

 「日常密着」のはずが、 アクシデントやイベントネタが続きます。有言不実行。今回はスポーツ大会。 昨年も4月にあったのですが、持ち回りの開催地が、県、州、全国大会とどれも非常に遠く、マランダ養護学校から数人出場したのですが、見に行きませんでした。しかし、今年は、県大会はうちの学校で、州大会も隣町、全国大会が首都ナイロビと条件も揃ったため、気合で全日程に参加してきたのでその様子を。
県大会マランダ編

4月5日の1学期終了後も15人学校に残り、練習を重ね、4月9日県大会。他校からの参加は5名程度で、場所も毎日サッカーしている隣の小学校のグラウンド。ほとんどうちの学校の運動会のようでした。やはりケニアの学校で、こういう時に問題なのが、お金の問題。交通費、食事代の捻出をせねばならない関係で、なかなか校外のイベント参加は難しいのが現状です。とりあえず数人連れてきて、形を取り繕ったぞといったところでしょうか。
種目は100m、400m、1500m、5000m、競歩、砲丸投げ、やり投げ、サッカー、ハンドボール、バレーボール等々てんこ盛り…。しかもみんな全てに出場し、一体グラウンド何週走ったんだか…。
だけど、 「この後おれはトモヒロと一緒にシアヤ(州大会開催地)へ行って、トモヒロと一緒にナイロビへ行くんだ!」 みんな凄まじいモチベーション。「ナイロビまで出場できたら、でっかいカメラでかっこいい写真を撮ってやる」と煽ってもいましたが、家と学校以外、そんなに遠出する機会もないであろう子どもらからすれば、行きたくて仕方がないといった様子。ナイロビは、マランダから400キロ位の距離で私はたまに行き来する街ですが、ここの子どもらからすれば遙か彼方の存在。ほぼ単一民族の土地に育ち、民族語のルオ語しか話せない子らからすれば、スワヒリ語、英語圏のナイロビは、日本人が海外旅行に行く感覚に近いのかもしれません。
夕方、全ての競技が終了し担当の先生から12名の選手発表。今回は全員マランダの生徒で州大会へ行くことになったのですが、3名は残念ながら落選。さすがに悲しそう…。私も長く硬式野球をやっていたため、なんだか久々の感覚というかなんというか。ケニアでそういう感覚になるとは思いませんでした。

夜はビデオで反省会
夜はビデオで反省会。 日中、スクールスタッフにずっと自分のビデオカメラで撮ってもらっていました。その日のうちに、自分らのスポーツの映像をテレビで見る。外国人である自分が、わざわざケニアにいる意味はこういうところにあるのではないかと自分では思っています。
さぁ、明日から3泊4日シアヤ遠征だ!私も引率者として参加するので、少し緊張しました。

43. 「州大会シアヤ編」

シアヤ遠征 シアヤ遠征
4月10~13日、3泊4日シアヤ遠征。まるで遠足!学校から車をチャーターして移動なんて、年に一回これくらいしかありません。

寮のスタッフさん方もお見送り。
寮のスタッフさん方もお見送り。

早速スタックするあたり、さすがです。
早速スタックするあたり、さすがです。

子どもらの宿泊場所 子どもらの宿泊場所
子どもらの宿泊場所。ここで3泊はキツかっただろうな~。
そして雨季のため、連日の雨でドロドロ…。サバイバルな生活です。
人がたくさんなので荷物もいろいろ無くなるだろうし…。
教師らは、この学校の寮のベッドが使えたのでまだ助かりました。

次の日の開会式
次の日の開会式。ケニアは2時間位の遅れは当然だし、その中でも、ここの州の人らの時間の感覚が鈍いことも知っている。しかし、それでも今回の運営は酷かった…。朝始める予定が遅れに遅れ、開会式が12時。競技開始が13時、昼食17時、夕食21時半(ケニアだと完全に寝る時間)。

何をするにも待ち続けなければならない子供達
何をするにも待ち続けなければならない子供達。うちの学校は、わりと自分らでなんでもできる生徒を連れてきていたので、まだ良いほうかもしれませんが、引率の先生方も大変です。自分は…、何もしてないのに疲れ果てました。

競技のほうは、みんなよく頑張った! 競技のほうは、みんなよく頑張った!

競技のほうは、みんなよく頑張った! 競技のほうは、みんなよく頑張った!
競技のほうは、みんなよく頑張った!
最初は、もう普通学校の子と変わらないような子らばかりの大会かと思っていましたが、他校からもいろいろな子が集まっていて驚きの連続でした。片足引きずっているけど一番で走ってきたり(確実に自分より速い)、まっすぐ走れば速いのにコースから外れていく子(連れてきた先生が頭を抱えていて微笑ましかった)だったり…。
中でも一番のビックリは、やり投げの他校のある生徒。投げるその時に投げ方を身振り手振り先生が教えていて、生徒のほうは「うーん」ってゆっくりうなづくだけの迷コンビ…。危険も多そうな競技なのに大丈夫か?って心配したのですが、実際に投げると衝撃の飛距離。
「そういうことか…」その子のエントリーに納得。

3日目夕方の閉会式。
3日目夕方の閉会式。成績も加味し、先生方で相談して決めた全国大会メンバー50名を発表します。右側に呼ばれた子らが並んでいきます。名前が呼ばれる度にみんなで拍手。やはり開催校の生徒が多いかな。

うちの学校からは2名選ばれました。
うちの学校からは2名選ばれました。

選ばれた2名は2日後、ここからまっすぐ首都ナイロビ行き。
選ばれた2名は2日後、ここからまっすぐ首都ナイロビ行き。私は残りのメンバーと我らがマランダ養護学校へ。自分らの学校に着いたら、イスに座って、…私はもう立てませんでした。
緊張の尾が切れるとはまさにこの事。もう勝手にやってくれ。笑
長かったであろう遠征、そして1学期が終わり、実家へ帰るメンバーへソーダを差し入れ、打ち上げ的なものをしてみました。
全国大会、自分は引率メンバーでないのですが、「でっかいカメラでかっこいい写真を撮ってやる」という約束を守るため、 私も次の日ナイロビへ移動しました。

44. 「全国大会ナイロビ編」


全国大会開会式。
全国大会開会式。会場はなんとNYAYO NATIONAL STADIAMという、ケニアの人なら名前くらいは知っている、国の記念式典等でも使われる歴史ある競技場。日本でいう国立競技場みたいなところでしょうか。
シアヤからナイロビへの移動、普通ならバスで10時間位あれば着くのですが、聞くとあっちこっちで人を乗せたりなんやかんややったみたいで、15時間以上かかって真夜中についたそう…。定員オーバーの満員バスで来ていることを考えるとおそろしい…。ほんと、子どもらがかわいそうです。いい加減、誰かまともなスケジュールを作ってください。だけど、のんびりのんびり~って許せてしまうこっちの人らの人柄がまた魅力でもあるのですが…。とりあえず引率でなくてよかった…。

さすがに全国大会の会場となると、素晴らしい学校でした。
さすがに全国大会の会場となると、素晴らしい学校でした。LENANA SCHOOL1949年設立の非常に歴史のある学校で、校門がなんと線路の架橋(ケニアは線路自体少ない)。校名だけで自分はたどり着けるのか?って思ったのですが、インターネットに校名を入れるとすぐにケニアのこの学校が出てきて驚きでした。

4月15日~22日、計7泊8日の全国大会、いよいよ競技が始まりました。

200m予選。
初日、いきなり見せ場がやってくる!200m予選。
ニャンザ州の誇る短距離エース、我らがマランダ養護学校のヴィンセント選手(右から3人目)。いつもサッカーで私を華麗に抜き去ってくれるその脚力を存分に見せてくれ!!

しかし、
隣のレーンの選手と交錯し転倒。
まさかこんな写真になってしまうとは…。
隣のレーンの選手と交錯し転倒。走りきれれば、1、2位争いできそうな位置にいたのに…。彼の話では隣のレーンの選手が自分のレーンに来たようなのですが、再走とはならず。外国人パワーで、連続写真見せながら(ごまかしながら)口出ししてみようかとも思ったのですが、相手もいるので我慢しました。原則一人一種目だったため、彼にとってはかわいそうな一週間になってしまいました。(なんとか最終日にリレーを走れましたが) それにしても彼、ニャンザ州では圧倒的な速さだったのに、まわりが速い…。全国大会になると、もう見た目は筋肉ムキムキのトップアスリート達です。

もう一方のマランダ生徒、ジョフリー。
もう一方のマランダ生徒、ジョフリー。サッカー要員だったのですが、主に補欠。なんとか、ちょこっと出場した試合で写真をおさえました。「担当の先生にもっとアピールすれよ~」って話していたのですが…。普段よく喋るやんちゃな子なんですが、慣れない環境ではものすごく控えめ。意外な一面を発見しました。 ちなみに、ヴィンセントの方は、普段あまり自分に話しかけてこないのに喋る喋る喋る…。長期の遠征で溜まっているものもあるんだろうなぁ。会話の中身は、
「昨日の夜中、〇〇の学校の奴が喧嘩してて、うるさくて全然寝れなかったよ~」
「他の州の奴は一人一種目じゃなくて他のにも出てたよ~」
日本でもよくするような会話になり、なんだか逆に新鮮でした。
全国大会ナイロビ編 全国大会ナイロビ編

全国大会ナイロビ編 全国大会ナイロビ編

一週間の激闘を終え、閉会式。
一週間の激闘を終え、閉会式。

私も一週間毎日通ってしまいました。「ニャンザ州チームの外国人」ウツミです。
優勝はウェスタン州チーム。ニャンザ州は3位でした。順位発表の時、発表する先生が、「下位から発表するが、今、私が発表するのはビリじゃない。7位だ。拍手で称えよう。」と言っていて、感心しました。日常の学校では、そういう配慮の感覚があまりないように思えていたので。
どこの国もこういう時の雰囲気は同じなんですね。

ニャンザ州へ帰って行きました。
こうして州大会から2週間に及ぶ遠征を終え、生徒らと引率の先生方が、ニャンザ州へ帰って行きました。ヴィンセント、ジョフリー、お疲れ様。自分は、州大会だけでもきつかったのに、全国まで引率した先生方は本当に疲れ果ててました…。チームに100枚程写真を渡したけど、争わずに配分できたかな?
私もこれで1月からの1学期終了。仕事終了。休暇するぞ!笑
思えば、私の今学期スタートは日本からでした。そう考えると、いろいろあったなぁ…。顎、動くようになってよかったなぁ。 5月10日に始まる2学期は、今度は子どもらに迎えられるのではなく、学校でみんなを迎えてやろうと思います。お母さんと離れるのが嫌で、泣き叫ぶであろう我がトモヒロクラスの生徒、ケビンの姿が浮かびます。(だけど次の日にはケロっとした顔で、いたずら小僧に戻る)一学期は見逃しましたからね。「お気の毒に。諦めろ」って言ってやるんだからな!

お問い合わせ

総合政策部政策推進室市民自治推進課
電話:市民自治担当:0144-32-6156、国際交流担当:0144-32-6157、広聴担当:0144-32-6152
フォームからのお問い合わせ(リンク)

本文ここまで

ここからサブメニュー

青年海外協力隊の声(平成22年 養護、ケニア)

マイリスト

  •  

リストに追加する

リストを管理する

マイリストの使い方

サブメニューここまで

  • 前のページに戻る
  • ページの先頭へ戻る

ここからフッターメニュー

フッターメニューの文章は、リードスピーカーにより読み上げされません