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ユウフツ越え 美々舟着場跡

ユウフツ越え 美々舟着場跡

 北海道がまだ蝦夷地と呼ばれていたころ、太平洋岸と日本海岸を結ぶ内陸の交通路が開かれていました。これはユウフツ(現在の勇払)を起点に勇払川を舟でさかのぼり、ウトナイ湖、美々川、美沢川を経て陸路でシコツ(現在の千歳)に入り、さらに舟で千歳川を経て、石狩川に達するルートで「ユウフツ越え」「シコツ越え」と称し、東西蝦夷地を結ぶ重要な交通路でした。
 この行程は「ユウフツよりビゝ迄五里、ビゝより千歳川迄弐里、千歳川より石狩迄廿五里」(東蝦夷地各場所様子大概書)を要し、ほぼ3泊4日の行程でした。
 「ユウフツ越え」の史実を裏付ける資料には、昭和41(1966)年、苫小牧市沼ノ端の旧勇払川右岸から発掘された北海道指定文化財「アイヌの丸木舟及び推進具(苫小牧市美術博物館蔵)」があります。
 さらに平成4(1992)年北海道埋蔵文化財センターによって調査された新千歳空港建設に伴う「美々8遺跡低湿地部」からは、江戸時代の探検家松浦武四郎(1818-1888)が記述している「美々舟着場跡」が調査され、大量の木製品とともに丸木舟、板綴舟をはじめ櫂、棹などの舟具が出土しています。特に櫂にはメカジキ(シリカップ)の彫刻が施されており、こうした出土品からアイヌ民族が板綴舟に乗り、美沢川、美々川、ウトナイ湖、勇払川を下り、太平洋に出る路を使用していたことが実証され、現在のように交通網が整備される以前には、この地域が交通の重要な拠点として機能していたことが理解できます。
 この看板の後ろ25mの川が美沢川です。蝦夷地とよばれていた頃からアイヌの丸木舟でここを行き来していました。

<位置図>
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<ビビ憩所船乗場之図              <北海道指定文化財「アイヌの丸木舟及                         
松浦武四郎「再航蝦夷日誌」所収>        び推進具」苫小牧市美術博物館蔵>              
 

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