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北海道指定史跡 開拓使三角測量勇払基点

■北海道指定史跡 昭和42(1967)年3月17日指定
■所在地:苫小牧市字勇払132番地49 
■所有者:苫小牧市 
■管理者:苫小牧市教育委員会


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▲測量隊の様子。左端がモルレー・エス・デー、馬に跨るのは荒井郁之助(苫小牧美術博物館蔵)

 

北海道地図作成の原点

苫小牧の勇払に北海道地図作成の原点となる基点があります。開拓史は道路や鉄道建設などの開発に向け、事業の基礎となる正確な北海道地図制作のため明治6(1873)年3月、アメリカ人ジェームズ・アール・ワッソンを測量長に命じ、またこれに荒井郁之助ら(あらい いくのすけ) 日本人たちが従事し、三角測量法による地図づくりを開始しました。


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▲明治6年に開始された北海道三角測量の基線図(北海道大学蔵)



ワッソンは当初石狩川上流域に基点を定めようとしましたが、適地がなく、6月に勇払と鵡川間に基点を設定し、目標台(やぐら)と標石を建て測量を開始しました。



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▲苫小牧市美術博物館内に展示されている標塔と標石の6分の1模型(※常設展内のためご覧になるには入館料が必要です)


翌年4月にワッソンが異動になったため、助手の米国雇人モルレー・エス・デーを昇格させ測量を継続しました。三角測量法とは、最初に2点間の距離を正確に測定し、三角形の性質を利用して他の点までの距離を計算する方法で地図作りに利用された当時最先端の計量法で、勇払と鵡川の基点を結んだ約14kmを基線として設定し、この基線から全道に三角網が拡がり、北は稚内利尻島から道南まで、北海道の約5分の2をカバーする地図を作成しました。


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▲三角術測量北海道之図に掲載されている北海道地図(北海道大学蔵)


地図は、明治8(1875)年「三角術測量北海道之図」として発刊され、現代に伝えられています。また、このとき三角測量に従事した荒井郁之助ら日本人技術者は、その後の日本全国で行われた、大三角測量事業において指導的な役割を果しており、勇払基点から始った測量事業は、北海道開拓に大きく貢献しただけではなく日本の地図作成にも多大な影響を与えることとなりました。

 

現存する基点

昭和37(1962)年6月、勇払地区の人々が、勇払中学校校内にある排水溝の脇にそれらしい盛り土があるということで発掘を行いました。地表から80cm掘り進んだところに、銅鋲を打った30.3cmの正方形の石柱が発見され、今日まで大切に保存されています。



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▲昭和37(1962)年に発見された基点の写真


昭和40年には勇払基線を形成するもう一方の鵡川基点発見のため、国土地理院も参加し当時の最新技術を駆使し発掘を行いましたが、発見には至らず現在も鵡川側の基点は不明のままです。勇払基点は、北海道開拓使史上・測量史上、貴重な遺跡となっています。現在の生活に重要である正確な北海道地図、その原点がこの地にあるといえるでしょう。



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▲保存されている石柱は、ケース越しに見ることができます

 

アクセスマップ

苫小牧市字勇払132番地49

 





 

お問い合わせ

教育部生涯学習課
電話:0144-32-6752、0144-32-6756
フォームからのお問い合わせ(リンク)

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