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青年海外協力隊員の声 ~平成27年1月 小越さん~

<青年海外協力隊への道>

2013年6月に地元福岡で挙式を挙げ、翌7月に念願のキリマンジャロ登山のため新婚旅行と銘打ってタンザニアに渡航。どうせ行くなら・・・と、2週間という限られた時間の中でキリマンジャロ登山、サファリ3か所、ザンジバル島を漫喫するプラン。主人は大学生の時に東南アジアを周っていたのですが、私にとってタンザニアは初の途上国。キリマンジャロ国際空港を出てすぐマサイ族の子供がヤギと牛を連れて歩いている姿に感動した瞬間は今でも鮮明に覚えています。現地のサファリ&キリマンジャロ登山ガイド会社が、私が日本人だということで、日本語を知っているサカという登山ガイドをサファリにも連れて来てくれました。

2泊3日のサファリを堪能し、いよいよキリマンジャロ登山。「ガイドはちゃんとした道具を身に着けている」と固定概念で彼をそういう人だと思い込んでいたので、キリマンジャロでの彼の格好にまず驚かされました。普通のスニーカーにチノパンのようなワークパンツ。ザックも壊れかけた40ℓくらいのもので、食材の卵を片手に登山開始。サカは「ゲンキデスカ~?コワクナーイ。」「アノヒト、フトイネ。」と常に面白い日本語で私たちを笑わせてくれました。サカはスワヒリ語がとても上手な日本人ボランティア(北海道の女性医師)に日本語を教えてもらったそうで、思った以上に色んな単語を知っていました。彼の面白いトークと豊富なガイド経験のおかげで、高山病と戦いながらもなんとか二人揃ってアフリカ大陸最高峰に立つことができました。(写真右前の緑のジャケットがサカ、黄色のジャケットはサブガイドのエドゥモンド)

下山しながら私たちは「自分たちの使っていない山道具やウエア使ってほしい」と思うように。2週間のタンザニアハネムーンから戻り、10万キロを超えている私の車ですら新車に感じる日本に違和感を持ちました。どこを見まわしても舗装されたキレイな道路。土の道なんてほとんどない。木陰で休んでる人もいない。みんな止まることを忘れたかのようにセカセカと時間に追われ動き続けている。同じ地球なのに、なんでこんなに違うのだろう。どっちが幸せなのだろう?そういう疑問が生じてき ました。そして翌月8月に発行されたpenという雑誌のアフリカ特集で野口健さんの記事と出会いました。

そこには「アフリカの子供たちは先進国の人を見ると、普段サンダルの生活をしているにも関わらず意図的にサンダルを脱いで裸足で先進国民の前に出てくる。彼らは先進国民が裸足のアフリカの子供を見ると何か物をくれることを知っている。物資支援ばかり行ってきた先進国民がアフリカ人をそうさせたのだ。彼らに靴が必要だと思うのは先進国民の考えであって、彼らには必要なかったものかもしれない。」という内容。衝撃的でした。自分が彼らのために、彼らを応援したい、そういう気持ちで考えていたことが必ずしも彼らにとっていいものとは限らないという事実にぶつかりました。そのタイミングで知った「青年海外協力隊」に運命を感じました。「小さい頃からの夢で、やっと合格しました!」という人がいるなか、私は恥ずかしながらも「青年海外協力隊」という単語すら知らなかったのです。調べてみると、私にピッタリ!(体力の自信は100%、登山経験のおかげで少ない物で生きていく自信も100%!)ということに気づき、不安や葛藤ももちろんありましたが、寛大な主人の応援のおかげで無事合格通知を受け取ることができました。合格通知を開けてさらにビックリ。キリマンジャロ登山がキッカケで協力隊を応募した私が行く任地がなんと・・・キリマンジャロの麓のモシという街だったのです!そこにはもちろんガイドのサカやエドゥモンドが住んでいて、キリマンジャロを眺めながらの生活が待っている!色んな再会に胸を躍らせながら75日間の派遣前訓練を終了し2014年が終わっていきました。
結局サカには洋服などは送らず、お手紙と千代紙で作ったちぎり絵(日本とアフリカ大陸)の表紙の写真集をプレゼントしました。


2015年1月
小越みずゑ

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総合政策部政策推進室市民自治推進課
電話:市民自治担当:0144-32-6156、国際交流担当:0144-32-6157、広聴担当:0144-32-6152
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